日本学術振興会 科学研究補助金 基盤研究(C)(一般) 2018~2016
研究課題名 墓地埋葬法の再構築-〈家〉なき時代の葬送秩序の確立に向けて
研究代表者 森 謙二(MORI, KENJI)茨城キリスト教大学名誉教授
目次
Ⅰ 研究成果の概要
全ての死者は「埋葬」される権利をもつ。たとえ、死者にアトツギ(子孫)がいな くても、「埋葬」される権利を平等に保障するべきであるし、死者は、「社会の子」として、家族によって閉じ込められるのではなく、尊厳性をもって「埋葬」されなければならない。
日本の伝統的な葬送とは、「家」制度を前提にし、子孫によって遺体や遺骨を保存・承継していくシステムで あった。しかし、「家」の存続が困難になり、少子化により子孫の確保が困難になったとき、新しい葬送のシス テムを構築する必要がある。それが「埋葬義務」の観念を踏まえた新しい墓地埋葬法の再構築であり、全ての人が安心して死ぬことができる社会装置の構築である。
Ⅱ 研究成果の学術的意義や社会的意義
少子社会の中でアトツギの確保が困難な家族が増加し、その中でアトツギを必要としない葬法が提案され、近 年では先祖の墓を掘り返して「墓じまい」をすることが美徳であるかのような風潮も生まれている。
現行墓地埋葬法は、死者は家=家族によって保護されることを前提としてとしたが、現在その家の存続が困難になり、死者を保護する装置がなくなった。しかし、人間は社会の中で生きているのであり、その死者は社会の中に位置づけられなければならない。新しい墓地埋葬法は、全ての人を死後の不安から解放されるように、近親の家族・地 方公共団体・国家の協働の中で、死者の保護=「埋葬義務」の原則を踏まえた新しい葬送の枠組みを構築する必要がある
Ⅲ 研究会活動
1 第1回(金沢市・平成28年度)
平成28(2016)年8月6日(土)
- 野田山墓地調査
- 第1日目研究会 今後の打ち合わせ(場所 金沢勤労者プラザ
8月7日(日) 第2日目 研究会 場所 金沢勤労者プラザ
- テーマ 所有権と墓地使用権(10:00-10:40)
- 報告 竹内康博(愛媛大学教授)
- コメント 鈴木龍也(龍谷大学) 田山輝明(早稲田大学)
- 討論
内容
- 第1回趣旨.pdf
- 第1回報告・竹内.pdf
- 竹内報告レジュメ.pdf
- 鈴木レジメ.pdf
- 第1回研究会(討論部分).pdf
- 寺院旧境内地.pdf(資料1)
- 大蔵省管財局境内地処分誌.pdf(資料2)
- 整理 墓地使用権の法的性格について.pdf
2 第2回(H市・平成28年度)
平成29(2018)年2月9日(木)
- 観音寺墓地見学 (13時30分-17時)
2月10日(金) 第2日目 場所 華の荘リゾートホテル
- みなし墓地について-行政法の立場から 重本達哉(大阪市立大学)
コメント H市役所 - 墓地経営者の責任について 横田 睦(全日本墓園協会)
- 討論
内容
3 第3回(新潟市・平成29年度)
平成29(2017)年8月19日(土)
- 新潟市 妙光寺 安穏廟 見学 見学終了後、小川英爾住職を囲んでの懇談会(妙光寺内で)
同年8月20日(日) 第3回研究会 新潟駅前オフィス 貸会議室会議室
- テーマ 「埋葬義務」について
- 報告 田近 肇(近畿大学)=イタリア・森 謙二(茨城キリスト教大学)=ドイツ
- コメント 大石 真(京都大学)=フランス
- 討論
内容
4 第4回(京都市・平成29年度)
平成30(2019)年 2月10(土)京都大学法学部本部3階 会議室
- テーマ 政教分離と墓地埋葬法
- 報告 片桐直人(大阪大学)
- コメント 大石眞(京都大学)
- 報告 村上興匡(大正大学)「寺院墓地と信教の自由」
- コメント鈴木龍也(龍谷大学)
- 討論
同年2月11日(日)
- 吉田家神道墓地の見学
内容
5 第5回(岩手県一関市・平成30年度)
平成30年(2019)8月30日(木) 樹木葬墓地の見学(知勝院) 千坂嵃峰
- テーマ 刑法と墓地埋葬法
- 現代の葬送事情(仮) 小谷みどり(第一生命)
- 刑法と墓地埋葬法(仮) 原田 保(愛知学院大学)
- 討論
6 第6回(東京都・平成30年度)
平成31(2019)年3月2日(土) りすシステム・「もやいの碑」見学
- 松島如戒氏による「りすシステムの説明
- 松島龍戒住職による「もやいの碑」の説明
- テーマ これまでのまとめと今後について
- 報告 森 謙二(茨城キリスト教大学)
資料
Ⅳ 研究会参加者
名前 | 所属 | 職名 | 専門 | 第1回 | 第2回 | 第3回 | 第4回 | 第5回 | 第6回 | 分担 (科研費) |
|
1 | 森 謙二 | 茨城キリスト教大学 | 名誉教授 | 法社会学 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 研究代表者 |
2 | 竹内 康博 | 愛媛大学 | 教授 | 民法 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 研究分担者 |
3 | 田山 輝明 | 早稲田大学 | 名誉教授 | 民法 | 〇 | 〇 | 〇 | × | 〇 | 〇 | 研究協力者 |
4 | 大石 真 | 京都大学 | 名誉教授 | 憲法 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 研究協力者 |
5 | 田近 肇 | 近畿大学 | 教授 | 憲法 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | × | 研究協力者 |
6 | 鈴木 龍也 | 龍谷大学 | 教授 | 民法 | 〇 | × | × | 〇 | 〇 | 〇 | 研究協力者 |
7 | 片桐 尚人 | 大阪大学 | 准教授 | 憲法 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | × | 研究協力者 |
8 | 重本 逹哉 | 大阪市立大学 | 准教授 | 行政法 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 研究協力者 |
9 | 上田 健介 | 近畿大学 | 教授 | 憲法・英米法 | × | × | 〇 | 〇 | 〇 | × | 研究協力者 |
10 | 小谷 みどり | シニア生活文化研究所 | 所長 | 死生学 | × | × | × | × | 〇 | × | 研究協力者 |
11 | 千坂 嵃峰 | 知勝院 | × | × | × | × | 〇 | × | 研究協力者 | ||
12 | 原田 保 | 愛知教育大学 | 教授 | 刑法 | × | × | × | × | 〇 | × | 研究協力者 |
13 | 滝野 隆浩 | 毎日新聞 | 編集委員 | × | × | × | × | 〇 | 〇 | 研究協力者 | |
14 | 小川 英爾 | 妙光寺 | × | × | × | 〇 | 〇 | × | 研究協力者 | ||
15 | 横田 睦 | 全日本墓園協会 | 研究員 | 〇 | 〇 | 〇 | × | × | × | 研究協力者 | |
16 | 松島 如戒 | りすシステム創始者 | × | × | × | × | × | 〇 | 研究協力者 | ||
17 | 松島 龍戒 | 功徳院 | × | × | × | × | × | 〇 | 研究協力者 |
Ⅴ アンケート調査
- 市町村アンケート
- 寺院アンケート
Ⅵ 研究成果の概要
研究開始当初の背景
(1) 1990 年前後までは、日本の墓地埋葬の秩序は、1 国民道徳としての 祖先祭祀 (2)遺体(遺骨)遺棄罪を中心とする刑法典 (3)昭和 23 年の「墓地、埋葬等に関する 法律」(以下、墓地埋葬法という)のトライアングルによって維持されてきた。しかし、国民の祖先祭祀の意識は変貌し、祖先を敬うことよりも、個人の意思(死者の自己決定)を尊重すべきだとする考えに変化してきた。また、弔意をもっておこなう散骨は違法ではないとする「法務省見解」 の影響もあって刑法による規制も機能しなくなった。さらに、新しい葬法、すなわち合葬式共同墓・樹木葬・散骨といった新しい焼骨の処理方法も、墓地埋葬法の想定外の葬法として展開しており、法の空洞化あるいは法の空白が生じるようになった。
(2)この変化は、家族の個人化の進展とともに顕在化する少子化現象と格差社会の形成を背景としたものであり、「埋葬」の在り方や墳墓や納骨堂の形態にも大きな影響を与えることになった。いわゆる保存や承継を必要としない「新しい葬法」(焼骨の処理方法の多様化)の展開である。これらの具体的な事例として、「合葬式共同墓」「樹木葬」「散骨」等の焼骨の処理方法をあげることができる。これらは、1990 年代に なって登場したものであり、少子時代に適合した葬法、すなわち跡継ぎを必要としない葬法としてマスコミに取り上げられるようになり、この 25 年間にかなりの浸透を見せている。つまり、跡継ぎの確保ができない少子時代の、いわゆる「〈家〉なき時代」の葬法として喧伝された。しかし、これらの葬法は現行の墓地埋葬法が想定していないものであった。
(3)葬送の秩序と深く関わっているのは民法第 897 条の祭祀条項である。「家」制度の影響を色濃く残してきた祭祀条項は、 「家」制度の影響から脱しようとする法解釈の展開によって、結果として「法の空白」領域を作り 出してきた。たとえば、誰が祭祀承継者になるかについても状況対応的な法解釈が示され、また複数の祭祀承継者が容認され、法解釈では身近な死者の祭祀について誰が承継するかというに焦点をあてている。また、均分相続の浸透とともに、死者の祭祀(葬式)費用を誰が負担するべきかという問題も新たに登場することになった。民法上の議論は、すべてが状況対応的であり、法律が裁判規範の明確な規準を示さなくなっている。
(4)これまでは〈家〉の永続性を前提として、墓地使用権も永代であり、その使用権の売買は一般的にはその土地の価格よりも高い値段で取引をされてきた。ところが、少子化のなかで跡継ぎの確保が困難になると、「墓」の永続性も確保できなくなる。つまり、永代のつもりで買った墓地使用権も、誰も跡継ぎのいない「無縁墳墓」にならざるを得ない。「無縁墳墓改葬」制度は、1932(昭和7年)に例外的な処置として定められたものであったが、現行の無縁墳墓の改葬は墓地経営の健全化のために(無縁墳墓が墓地経営の圧迫ならないために)その手続きも簡素化され、無縁墳墓の改葬制度が墓地埋葬法施行規則第 3 条に定められた。墓地使用権の永代は現実には有効性をもたなくなっている。
研究目的
(1)現行の墓地埋葬法が、土葬を前提とした制度であり、「家」制度を前提として祖先祭祀の観念を踏まえ、公衆衛生政策や曖昧な宗教感情を指導原理とした法の体系であるのに対し、新しい墓地埋葬法は、理念として、死者の保護を目的とした「埋葬義務」「埋葬強制」を位置づけることにより、全ての国民が安心して死ねる枠組みを位置づける必要がある。
(2)現行の墓地埋葬法は体系として多くの欠缺・欠陥があり、多くの「無許可墓地」を現在に至るまで存続させている。この「無許可墓地」をこれまで放置した責任は、使用者側にあるだけではなく、これをそのまま放置してきた責任は地方自治体や国家(政府)にもあると言わざるを得ない。墓地埋葬法はザル法だと言われる由縁はここにある。この「無許可墓地」をどのように克服していくのか、これも本研究の目的の一つである。
(3)現行の墓地埋葬法は行政法規として行政手続きを定めた法の体系と説明されるが、現実には国民の墓地の自由な新設が制限されており、無縁墳墓改葬制度にみられるように墓地の使用の永続性が事実上制限される等、国民の権利義務を制限する法律になっている。しかも、国民の権利は、法は明確に規定されていない。また、墓地経営者には使用者に対して墓地使用権を設定することができる優位な地位を与えられているが、墓地経営者の法律上明確に規定されていない。もともと、墓地使用権についての議論は、墓地そのものが旧墓地埋葬法施行以前(=墓地の許可制が採用される以前)から存続してこともあり、墓地使用権は私法上の権利として位置づけられてきた。しかし、墓地の許可制が採用され既に100年以上年月がたっているし、墓地経営者と使用者の関係が平等なものではないので、墓地経営者の責務を明確にして、墓地使用者を保護する枠組みも構築しなくてはならない。
(4)戦後、昭和23年施行の墓地埋葬法は、戦前の墓地埋葬法とは明らかに異なっている。①戦前においては、新設墓地の認可が公共団体にしか認められなかったが、戦後GHQの指示によって民間団体、特に宗教法人のも墓地にも新設が認められた(昭和21年9月3日警85号内務省警保寮・厚生省衛生局長) 。昭和23年の墓地埋葬法の制定過程では墓地の新設を公共団体にしか認めないと述べていたので、事実上国家行政レベルではタブルスタンダードが支配し、戦後の墓地の在り方にも大きな影響を与えた。②明治4年に上知された墓地が戦前・戦後を通じて国有地の払い下げ等によって、いわゆる「寺院墓地」が新たに再構築されるようになり、昭和23年の通達による事業型墓地の設置とともに、墓地の在り方に大きな影響を与えるようになった。
(5)寺院の経営する墓地が、前述のいわゆる「寺院墓地」と戦後の事業型墓地に区分されるようになり、市町村が経営する公営墓地と寺院等が経営する民有墓地(寺院墓地・事業型墓地、部落有墓地)に区分された。特に、「家」を基盤にした「寺院墓地」においては、使用者=個人の「信教の自由」と寺院の「信教の自由」の主張が対立するようになり、墓地埋葬法第13条の「正当の事由」についての議論が再び行われるようになった。
研究成果の概要
墓地使用権の法的性格
①墓地として使用する許可は土地に対して与えられるものではなく、法律上は人=墓地経営者に与えられるものである(墓地埋葬法第5条)。すなわち、墓地新設の許可権限をもつ所轄官庁(現在は市町村)が墓地経営者に与える許可であり、墓地経営者は当該の土地を墓地として申請・許可を受けて、はじめて墓地として使用することに可能である。所轄官庁から墓地経営者に与える許可は、いわば墓地使用者に対して墓地使用権を付与する権限を与えられたものと考えられるので(換言すれば、その許可によって墓地経営者は住民(=市民)に墓地使用権を設定することができるので)、墓地新設の許可について「特許」あるいは「特許に類する許可」と位置づけることができる(第2回研究会・重本達哉報告を参照)。墓地経営者は、その与えられた「許可」に基づいて、第三者(他者)=墓地使用者に墓地使用の権利を付与するのであり、その権利のことを「墓地使用権」と呼んでいる。したがって、墓地を譲渡する場合、墓地使用権を付与する権利をも他人の譲渡することは一般的には認められず、当該の墓地を他人が経営するためには、所轄官庁に改めて許可を申請する必要がある。
②墓地(墓地区画)使用の契約は、一般には墓地経営者と墓地使用者によって結ばれる。しかし、この墓地の使用契約は、墓地の特殊性に基づき、民法上の契約自由の原則は大幅に制限され、墓地利用に内在する特殊な制約を受けることになる。
③墓地経営者と墓地使用者の契約は、墓地経営者が使用権を設定することができるという特殊な権限を持っていることから、対等な当事者の契約ではない。このために墓地経営者はその契約において一定の制限を受け、弱者としての墓地使用者はその権利擁護のために一定の保護を受ける必要がある。
④墓地の使用者という場合、旧使用者は時の経過とともに彼は死者となり、新しい使用者にその地位(承継者)を譲ることになる。旧使用者と新使用者の関係は一般には親子関係(父と祭祀承継者)として登場するが、両者をつなぐ思想が先祖と子孫の関係、すなわち祖先崇拝の思想であった。両者が祖先崇拝を前提するかぎり、子孫が死者(先祖)を保護することは常識として前提としてきた。しかし、祖先崇拝の思想が後退をしてくると、両者の良好な関係が崩れ、死者の尊厳性を脅かすようなことが起こってくる。それ端的に表現されるのが、「改葬」という名目で行われるいわゆる「墓じまい」である。旧使用者(先祖)と新使用者(子孫)の関係が崩れてくるとするならば、死者の保護を目的とした新しいルールが必要となる。つまり、墓地の使用権者は、当該の墓地区画の使用権を持つと同時に、伝統的に墓地に納骨された死者達(先祖)を保護する役割を子孫が担ってきたが、その新使用者(子孫)がその役割が果たさないのであれば、法的な強制力が必要となり、墓地埋葬法がその役割を果たさなければならない。ここに、墓地の使用契約の特殊性があり、死者の保護あるいは死者の尊厳性を強調する理由はある。
⑤現行の墓地埋葬法には、墓地経営者の利益を擁護する規定が見受けられる。その一つが「無縁墳墓改葬制度」(墓地埋葬法施行規則第3条)である。もともと墓地使用は永代使用権を前提としてきた。無縁墳墓の改葬は、墓地の永続性を犠牲にしても、墓地の荒廃化を防止するために容認されたものであると同時に、もう一方では墓地経営者の利益に供する規定であったと言える。つまり、無縁墳墓改葬制度は墓地使用者の利益となる制度ではなく、利用者の権利を制限するものであるにもかかわらず、これを法律ではなく、施行規則に規定することも一つの問題であるが、それはともかくとしても、このように墓地経営者を保護する規定が置かれているにもかかわらず、墓地経営者の法的責任は墓地埋葬法に何も規定されていないことである。無縁墳墓が改葬されたとき、無縁になった遺骨をどのように処理されるべきなのか、そのことさえも墓地埋葬法は規定していない。遺骨の保存・承継が困難になってきり、多くの人々が遺骨の行方に不安を持つようになっている現在、少なくとも墓地経営者により無縁になった遺骨の管理義務を明確にすべきであろう。このことは、墓地経営者は一定の手続きを経なければ、たとえ無縁になった墳墓についても墓地使用契約を解除できないことに繋がっていくだろう。
⑥現行の墓地埋葬法について、墓地使用についての規制が全くない訳ではない。墓地埋葬法第13条における埋葬・埋蔵・収蔵・火葬の求めに対しての墓地管理者(経営者)の「応諾義務」を定めた条文である。この規定が問題になるのは、多くの場合「寺院墓地」においてであるが、墓地埋葬法において唯一の使用者の側に立った規定と考えるべきだろう。この問題は、信教の自由との関連でも議論されることになる。
「無許可墓地」について
①ここで「無許可墓地」とは、新旧の墓地埋葬法等の許可を受けていな い墓地をさしているが、ここでは、法制定以前から存続している墓地に もかかわらず、法の許可を受けていない墓地であり、今日まで使用され 続けている墓地を「慣習法上の墓地」と呼ぶ。法制定以降、法の「許可」 を無視して設けられた墓地=「違法墓地」とは区別したい。現在、多く の「無許可墓地」が存在しているが、その実態は明らかではない。私達 の市営墓地アンケートでも、72%の市町村がその実態を把握していな い。多くの「慣習法上の墓地」が現在に至るまで放置されていることは、 当該墓地の利用者に責任があると言うより(責任がない訳ではない)、都 道府県や国に責任があると言わなければならない。
②都道府県の責任は、近年に至るまで墓地新設との認可権をもちながら、「慣習法上の墓地」を放置したことである。また、どの墓地に許可を与えたかも公表してこなかった(隠してきた訳ではないが)ことである。常識的には許可墓地については「墓地台帳」に記載されるが、この墓地台帳そのものが存在しない墓地があるし、寺院墓地については記載のない地方もある。この大きな要因は墓地埋葬法に墓地台帳の位置づけがないことであり、市町村(行政)が特に寺院墓地について経営に関与してこなかったこともその要因なっている。いわば、墓地台帳の位置づけを不明確なまま、地方自治法の改正により墓地の許可に関する業務が「県から市へ」へ移管されたことである。①ここで「無許可墓地」とは、新旧の墓地埋葬法等の許可を受けていない墓地をさしているが、ここでは、法制定以前から存続している墓地にもかかわらず、法の許可を受けていない墓地であり、今日まで使用され続けている墓地のことを「慣習法上の墓地」と呼び、法制定以降、法の「許可」を無視して設けられた墓地=「違法墓地」とは区別したい。②現在、多くの「無許可墓地」は存在しているが、その実態は明らかではない。私達の市営墓地アンケートでも、72㌫の市町村がその実態を把握していない。多くの「慣習法上の墓地」が現在に至るまで放置されていることは、当該墓地の利用者に責任があると言うより(責任がない訳ではない)、都道府県や国に責任があると言わなければならない。
③国の責任は、墓地埋葬法の中に墓地台帳を位置づけていないことである。墓地を「許可」を受けた区域と定義しながら、国民の権利義務に関わる問題でありながら、墓地として許可を受けた場所がどこにあるかを公示する手段を持たなかったことである。つまり、墓地台帳の位置づけが曖昧なまま今日に至っている。また、墓地の新設は明治6年に許可制を採用し(太政官布告第355号)、明治17年に墓地及埋葬取締規則(太政官布達第25号)第1条・同施行方法細目標人(内務省達乙第40号)第1条において墓地の許可制を明確にしながら、法制定以前の墓地に対してどのように許可を与えるか、それを推進し、明確にしなかったことである。従前の墓地をどのように位置づけるか、法令などにより国は積極的に関与してこなかったことである。
④以上のことから、「慣習法上の墓地」については、国・都道府県・市町村の協働作業に中で法律上の許可を与えていく必要があり、それが墓地全体の整備に繋がっていくものと思われる。その許可を与えていく規準は墓地新設と同じものである必要はなく、「慣習法上の墓地」であったことを踏まえ、その許可基準を条例によってそれぞれの都道府県及び市町村において作成すべきではないだろうか。
「埋葬義務」について
①「埋葬義務」は、これまでの墓地埋葬法において前提になっていた「祖先祭祀」に代わる新しい理念・原則である。「埋葬義務」は、西欧でもキリスト教の伝統にかわる、より普遍的な原則として墓地埋葬法の理念として定着したように、日本の墓地埋葬法でも祖先祭祀の伝統の変質を踏まえて新しい理念として再構築されるべき原則である。
②「埋葬義務」は、死者の保護を目的とし、「死者は埋葬しなければならない」という理念をもった原則である。ここで「埋葬」とは死の瞬間から納骨までの一連の行為や儀礼であり、民法第897条でいう「祭祀」にはここでの「埋葬」を含まない。また、この「埋葬義務」は埋葬義務者に課せられるものであるが、現行日本のようにその義務が祭祀承継者一人に課せられるようなものではなく、その義務者は第一義的には「近親の親族」が負担するが、「地方公共団体」「国」はそれぞれが役割を分担し、協働して死者の尊厳性を保持しなければならない、ものである。
③「埋葬義務」の問題として、三つのことが議論されなければならない。一つは「埋葬義務者」としての「近親の親族」とは誰かという議論である。一般的には、配偶関係や親子関係がここに含まれるが、死者と親密な関係に人々を中心に構成される。第二は、「埋葬」費用の負担者である.ここでは原則的には、相続財産から負担することが望ましく、相続財産がない場合には死者の扶養義務者、義務者が負担できない時には社会保障制度を活用すべきであると考えている。第三が、「埋葬」特に葬法の決定者である。原則としては、死者の社会的地位にふさわしく、公共の福祉に反しない限り、死者の意思を尊重することが基本になるだろう。
④死者は墓地に〈埋葬〉されることを原則とする。死者が墓地以外の場所に〈埋葬〉される場合は、法律及び条例によって規定されなければならない。
墓地埋葬法と「信教の自由」
①日本では伝統的な墓地の一形態として「寺院墓地」が大きな役割を果たしてきた。これまで「寺院墓地」は檀家制度のもとで維持され、檀家制度の維持が多かれ少なかれ寺院の財政的な基盤を支えてきた。しかし、〈家〉制度が事実上崩壊する中で、寺壇関係の維持も困難になってきており、そのなかでますます寺院経営が墓地の存在=収入源としての墓地に依存するような構造ができてきている。
②明治4年の上知令の後、明治7年10月改正の「地所名称区別」では「境内墓地」が官有地第四種に整理され、東京市ではその墓地は「共葬墓地」(明治24年)として位置づけられた。それと前後する明治20年3月には、寺院からの要請として、上知した墓地について寺院は共有墓地として下げ渡しを求めたが、それは認められなかった。ただ異教徒を排除する慣習がある墓地については、異教徒混合埋葬を禁止できると、翌年4月に回答した。また、東京朱引き内の区域において土葬は禁止されていたし(明治7年「墓地取扱規則」)、明治20年代になると今度は市区計画のために寺院の移転は叫ばれるようになった。墓地移転が進まなかったため、明治36年4月に市区計画のために寺院の墓地移転が求められ、それを促進するために、上知した墓地跡地の無償払い下げを行うようになり(市告示第45号、その後明治44年「元寺院境内共葬墓地墳墓改葬規則」制定)、一気に移転が進むようになった。
この明治期における上知令に始まる墓地に関する法の展開は、「墓地はむしろ第三者が使用する土地であり、且つその施設は衛生上の必要に基ずくものであって、当該寺院の宗教活動において必ずしも必要なものでないという」考え方にものであり(大蔵省管財局『社寺境内地処分誌』)、したがって「境内墓地」も官有地第四種に編入され、墓地の「公共性」が維持されてきたが、寺院勢力の元境内墓地の払い下げ運動を通じ、さらに戦後の「第二次境内地処分法」により、「「墓地は、寺院として定期的(彼岸盆等)に同地において供養を執行するのみならず、常時本堂における読経その他の行事をも対象とする間接的な行事と解釈することによって、「儀礼又は行事用地」として取り扱うことを原則として」(『社寺境内地処分誌』前掲)と大蔵省の解釈の変更により、
墓地の位置づけが大きく変わることになった。
③旧墓地埋葬法施行規則第3条から現行墓地埋葬法第13条の管理者の応諾義務を定めた規定は、広い意味にいては墓地使用権の契約内容についての規制と考えるべきだとすでに述べたが、
平成11年9月27日衛企第30号の通達により、寺院墓地は果たして墓地埋葬法に服するものかどうかが曖昧になってきた。
④寺壇制度の下で寺院墓地が安定的の運営されていた時期には問題は顕在化してこなかったが、寺院の廃止や寺壇関係の不安定化の中で寺院墓地の存続が問われる中、寺院と墓地との関係も改めて問い直す必要がある。
刑法と墓地埋葬法
①刑法は、墓地埋葬秩序の最後の砦として、その刑罰に抑止効果を期待してきた。現行の墓地埋葬法では、立ち入り検査(第18条)や強制処分権(第19条)を規定した上で、第4章第20条・第21条に罰則規定を置いている。しかし、現実の墓地行政の中で刑事罰が適用された事例はほとんどなく、罰則規定が空文化している。たとえば、平成十一年四月九日、無許可墓地について墓地埋葬法十条第一項の違反があったとして高知市長が原告になって訴えたが、検察はこれを不起訴処分とした。高知市が墓地行政の一貫として「無許可墓地」を訴えたが、高知県を所管する検察庁はこれを不起訴処分とした。行政の遂行を検察が止めたのである。これでは墓地行政はまえには進んでいかない。この不起訴処分については、刑事争訟法から見れば些細な事件と思うかも知れないが、墓地行政という観点から見ればきわめて大きな問題である。それは刑罰の大きさではなく、いやしくも市の担当者が行政上違法と判断したものを、検察がこれを止めたのである。戦前は.墓地埋葬違反に関しては違警罪が適用された(明治17年10月4日太政官達82号)。私の考えでは、墓地埋葬法違反に重い刑罰を科すことではなく、墓地埋葬法のルールに従って墓地行政が円滑に運用できることであり、行政の役割遂行を担保する罰則である。その意味では、墓地埋葬法違反に刑事訴訟法上の直ちに刑事罰の実施を求める以前に、たとえば地方自治法第14条第3項に基づく「秩序罰」の導入が必要ではないだろうか。
②刑法には、遺体や遺骨そして墳墓をめぐっての罪(第188―192条・第二四章 礼拝所・墳墓に関する罪)があり、第190条には遺体の損壊・遺棄について罪が規定されている。墓地埋葬法には遺体については土葬と火葬、焼骨(遺骨)の処理については「埋蔵」「収蔵」の二種類が規定されておらず、遺骨に限定して語れば、散骨や手元供養のように、刑法と墓地埋葬法と間には、これまでの法が想定をしなかった、多くの空白領域が生まれてくるようになった。第5回研究会で原田保教授が論じたように、この空白領域を埋めるためには刑法や墓地埋葬法の法解釈として緻密な論理、理論構成が必要になってくる。私は、この空白領域を埋めるものが死者の保護=死者の尊厳性をめぐる理論=「埋葬義務」の原則であると考えている。
墓地埋葬法改正の必要性
①私達のアンケート調査では、258市町村の内、「墓地埋葬法の改正を考えている」というのが161自治体(62.4%)、「考えていない」とする自治体が86自治体(33.3%)、無回答が11自治体(4.3%)であった(Q11-1)であり、全体の3分の2が、墓地改葬法の改正を求めていることになる。この調査結果を整理しながら考えさせられたことは、(1)墓地行政を「自治義務」として市町村に委ねながら、墓地埋葬法が〈家〉制度を前提とした旧態依然のものであり、(2)墓地行政担当者の新しい行政行為の基準となる法規範が明確に示されておらず、(3)遺骨に対する刑法規範が揺らぐ中で、墓地埋葬法の罰則規定も実効性がない現状が続いている状況である。
墓地埋葬法の改正項目としてあげるものは、次の通りである。(1)散骨の規制(79.1%)、(2)樹木葬墓地の規制(45.6%)、(3)埋蔵・収蔵の概念(38.6%)。(4)墓地埋葬法の目的(38.0%)、(5)無縁墳墓改葬制度(37.3)、(6)墓地の概念(27.2%)、(7)合葬式共同墓の規制(24.1%)、と続いている(Q11-2) 。また、自由意見として墓地埋葬法の罰則強化の意見があったことも付け加えておく。
②新しい葬法の展開に関して、墓地埋葬法は「法の空白」を作り出しただけで、地方行政に何の解決策も与えていない。散骨や合葬式共同墓・樹木葬墓地に対して、現行の墓地埋葬法が対応できないことに行政担当者は戸惑っているのである。現行の墓地埋葬法は、焼骨の処理方法として「埋蔵」と「収蔵」しか規定していないために、合葬式の納骨施設について、ある自治体は「墳墓」と解釈し、ある自治体は「収蔵」と解釈するようになってきた。このような法解釈の相違が「埋蔵・収蔵概念」の再検討に繋がっている。また、合葬式納骨施設について、日本全体の法(行政)解釈に統一性がないことにも疑問を感じている。すなわち、合葬式共同墓について、これを「墳墓」と考える自治体が60.4%であり、「納骨堂」と考える自治体が35.8%になっている。各自治体により、同じような施設であっても法的な位置づけが異なっていることになる。
③散骨については、現在、地方自治体の中で無条件に容認しているところはなく、その取り扱いは「法の想定外だから取り扱いができない」(57.8%)、「法の想定外だから許可できない」(10.9%)であり、また「散骨について条例を制定した」が3件あった。散骨について行政として対応に苦慮していることが分かる。
④改正の項目に「墓地埋葬法の目的」をあげている自治体が38.0%にのぼっている。これは、現代の墓地行政は公衆衛生政策の観点からだけでは墓地政策を構築できないことを行政担当者自身が感じているからであろう。土葬が中心の葬法の下では公衆衛生は重要な指針であっても、焼骨の処理の多様性には公衆衛生だけでは対応することができない。
図2 墓地埋葬法の改正(多重回答)
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4.研究期間中の主な発表論文
〔雑誌論文〕(計 5件)
- 森 謙二、新しい葬法と問題点、都市問題、査読無、107-8、2016、23-34
- 竹内康博、送骨と納骨堂不許可処分、宗教法、査読有、35、2016、47-64
- 森 謙二、墓地埋葬法の再構築、宗教法、査読有、36、2017,143-169
- 竹内康博、日本の墓地法制、宗教法、査読有、36、2017、239-261
- 竹内康博、宗教法人と墓地(霊園)に関する法律問題。宗教事情、査読無、122、2018、1-15
〔学会発表〕(計 4件)
- 森 謙二、墓と埋葬をめぐる法的諸問題、宗教法学会、2016
- 竹内康博、日本の墓地埋葬法制、宗教法学会、2016
- 森 謙二、墓地埋葬法の課題と墓地行政、地域科学研究会、2018
- 森 謙二、無縁墳墓改葬制度と墓地埋葬法の再構築、国立歴史民俗博物館、2018
〔図書〕(計 1件)
- 鈴木岩弓・森謙二編、吉川弘文館、現代日本の葬送と墓制-イエ亡き時代の死者のゆくえ、2018、224p